「特別席で列車旅」というムック本

掲載日2016年01月10日
 書店でとある雑誌を探していたら、こんなムック本を発見した。
 その本の名前とは、トラベルMOOK ジパング倶楽部「一生に一度は乗ってみたい 特別席で列車旅」である。乗り物に関係があり、特別席と記載してある書名だ。実際に意識したかどうかは分からないが、当サイト「特別席研究所」を意識したとしてもおかしくはない。一方、当サイト宛に協力を求められたわけでもなく、また、このムック本を宣伝するためにこのページを作ったわけでもない。もし、協力していれば、批評文のコーナーではなく、本に掲載されましたのようなページに載せると思う。

ムック本の表紙


このムック本の内容

 まずこの本の最初のページを開くと、そのムック本においての特別席の定義が記されている。
とく-べつ-せき【特別席】

「イスが豪華」「座席そのものの種類が異なる」など
ほかと比べて優位になっているものをいう。
日本の鉄道では、明治時代(鉄道開業時)の
官設鉄道の等級制(上等・中等・下等)に端を発する。
本書では、「豪華寝台列車の客室・食堂車・ラウンジ」
「新幹線のグランクラス・グリーン席」
「特急列車のグリーン席」
「観光列車の食堂車・グリーン席・展望席」など
“非日常感”が味わえる特別の座席をさす。
 非日常感という意味で特別というニュアンスを使っているようである(ちなみに当サイトはあえて書くと、普通席/エコノミークラスに対しての特別・上級というニュアンスです)。

 中身は、ページの多くを割いているコーナーが、モデルコースと列車の紹介。書籍全体で共通するのは、飛行機はもちろん、私鉄の特別席は扱われていない。
 モデルコースとは、「日本を愛でる旅」という大見出しと共に、列車の特別席を用いた旅行のサンプルの旅程が記されており、具体的な列車名・時刻や予算も記されている。11のテーマに別れていて、この旅程通りに進んでもいいし、旅程の一部に、参考として使うのもよいかと思う。
 列車の紹介ページ(※次項の内容とは別です)は、いわゆるグリーン席やDXグリーングランクラスではない、最近流行のレストラン列車(おれんじ食堂)など、主に時刻表上では黄色いページやイタリックで表示される、JRや第三セクターの普通席(モノクラス、と言う表現の方が正しいかもしれない)の観光列車が掲載されている。老舗と言っても過言ではない明知鉄道の食堂車がないのは残念で、仕方ないのは「最近流行」と書いた位なので、今後もこういう列車が登場するだろうから、書籍なのでそれには対応できない。


個別の座席を紹介している問題コーナー

 その中で、最も“当サイトを意識したとしてもおかしくはない”コーナーがある。「JRスペシャルシートコレクション30」というコーナー名だ。コーナーの冒頭には、「車両の顔立ちがそれぞれ異なるように、グリーン車の座席もバラエティ豊か。デザインにしても色柄にしても、ヘッドレストカバーの色合いまで、各車両のコンセプトに沿ってコーディネートされています。さあ、スペシャルシートのファッションショーが開幕です!」という説明がある。ちなみに30あるうち、私は残念ながら5つの座席は座ったことがない。

 冒頭の説明文だけを見ると、見栄えだけの話で、座り心地はあまり関係なさそうに見える。
82・83ページ
84・85ページ
86・87ページ
 ところが、各30の座席には、各座席の解説とともに、「ゆったり度:」という文字の右側に、5段階の星が印刷されていた。その中で、車体が在来線サイズのグリーン車で、2-2配列(参考: 特別席の基礎知識〜座席の特徴〜)にもかかわらず、ゆったり度が星4つになっている座席もあれば、2-1配列でも星3つという座席がある。また、その解説文にもゆったりだのなんだの書かれている。配列のことも書いている(から、広い狭いくらいは分かるはずなのに、2-2配列が星4つと書いている)のは、確信犯だろうか。

 「ゆったり度」というのは、寸法と比例すると思う。「(外側の肘掛A+座幅B+中間肘掛Cの半分)×(奥行D+前席との間隔J)」を計算した結果(客一人当たりの大体の専有面積)、星4つ(新幹線E3系)の面積は5378.7cm2で、星3つ(883系)は6217.8cm2だ(※寸法はこのページのものを利用・各アルファベットは各寸法の図解へをご参照ください)。あくまでこの寸法は「見える化」のようなもので、具体的なものだが、1列違うことでゆったりの度合いが違うことは、30席も座れば抽象的にも分かるだろう。
 寸法だけではなく、別の尺度があるのだろうか。百歩譲って、リクライニングの角度は当サイトに掲載していないので、角度を計測するとゆったりなのかもしれない。しかし、昼行便の列車で、どれだけの人がリクライニングを最大に倒すだろうか。それとも、倒していないときの角度の話だろうか。ただ、リクライニングは深く倒せても座席の幅が狭ければ、中の中クラスの夜行バス(1-1-1配列…隣同志=肘掛けの争奪戦などを避けるためで、広さはそんなに追求していないと思う)と同じようなものだ。あの座席、色々な環境はあるものの、熟睡できますか?
 どちらにしろ、ゆったり度についての説明がないのである。何故書けないのだろうか。著者の主観だったら、その旨そのコーナーに書くべきだろう。これがもし、鉄道会社による圧力です、と言うのであれば、流石に書けないだろう。ちなみにこの本の発行元は交通新聞社…JR時刻表の発行元と同じだ。

 そしてもう一つの問題点は、写真だ。座席全体が入りきれない写真が大半で、しかも背を倒していたりそのままだったりと一貫性がない。まるで、年に2〜3回も旅行しないブロガーが旅行中、移動電話機で撮影して、ブログに「旅行でこんな座席に座りました♪」と紹介する程度の代物…。決して、私に声を掛けてくれれば良かったのに、というわけではない。ゆったりしていない座席をゆったりしているとは言いたくないですからね。しかし、お金を出して買う書籍がこのレベルの写真というお粗末さである。

 冒頭の説明文の下には著者の名前があり、検索してみると著者の公式Webサイトを発見。プロフィールには「写真家」とある。主にネコや旅行を題材とした本を執筆しているようだ。
 ネコの写真もご本人で撮影するようだがネコを撮影するとなると、ネコが逃げないように遠くから狙うため、レンズは望遠のものが好ましいと思う。一方座席の場合、広角であればある程良い。そのため、広角でないレンズを使うと座席全部が入りきらない写真になってしまう。座席によって背が倒れているかいないかについては、説明できないです。人が入らないように急いで撮影する必要はあるものの、座席は、ネコと違って突発的に動いたりしないんだから…。もう一度書くが、ちなみにこの本の発行元は交通新聞社…JR時刻表の発行元と同じだ。JRグループは協力していないのだろうか。
 この著者だが、著者の公式Webサイトにもこの書籍を紹介していた。上の項目で書いた「日本を愛でる旅」も執筆しているとのことで、改めて意識してそのページを見た。使われている写真は一般的な旅行本で使われるような写真(主に景勝地や料理)で、特に違和感は感じなかった。


見栄えだけならよかったのに

 この30の座席は、JR旅客6社(+JR線に乗り入れる第3セクター1社)の車両をまんべんなく掲載しており、しかも国鉄時代から使われている座席はなくバラエティ豊かだ。冒頭の説明文を忠実に守って、肘掛けは木目等、見た目だけ書けば良かったのにと思う。星評価もゆったり度ではなく「おしゃれ度」とか。見た目なら文句は言えない。ただ、それだけだとネタは尽きるかもしれない。
 まさか、ネコのように狭い方が心地よければ、新幹線E3系が星5つでもうなずけるが…残念ながら、この書籍はネコ向けではない。フルムーン(中高年夫婦)向けらしい。

 ちなみに、冒頭で書いたお目当ての雑誌(週刊東洋経済)はこのムック本を購入した書店では見つからなかった。別所で購入できたが、買った号の特集は「ここがおかしい日本の鉄道」という、上記のヨイショムックとは正反対な内容である。





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