IC乗車券統合の波紋

 東京新聞 2009年12月15日朝刊 「こちら特報部」の記事を、そのまま抜粋したものです。数字は漢数字で、横書きの当ページでは読みづらいことをご了承ください。


 バスに乗るとき、五千円払えば五千八百五十円分乗車できる時期乗車券「バス共通カード」が来年、大半のバス会社で廃止される。JR東日本のSuica(スイカ)や私鉄系のPASMO(パスモ)のICカード乗車券に“統合”されるのだ。そういえば発行枚数が三千万枚を突破したスイカは、先払いで五千円をチャージ(入金)しても余分に乗車できる特典はない。まさかJRの低サービスをまねするつもりでは…。

低サービス一斉発車 利用者置き去り消える特典

 「サービス低下と言われれば確かにその通り。お客さまからもそういった指摘がある」
 川崎市の担当者は、市営バスで利用可能なバス共通カードの廃止によるサービス低下を率直に認める。廃止を決めた同市は、市民からの意見を二十四日まで募集している最中だ。
 バス共通カードとは何か。神奈川中央交通(神奈川県平塚市)が磁気カード乗車券を始めたのがきっかけ。一九九二年から同社に加え、川崎、横浜両市の市営バスが導入するなどして拡大し、現在は二十一のバス事業者が採用。東京や神奈川、千葉など首都圏を中心に利用されている。
 人気の理由は、各社共通して使える利便性のほかに、販売金額に付けられたボーナス(特典)にある。例えば五千円券のバス共通カードには八百五十円分のボーナスが付き、実際の利用限度は五千八百五十円となる。さらに三千円券には三百六十円、千円券にも百円のボーナスが付く。
 ところが、主要なバス事業者がカード発売を来年三月で終え、七月末までにサービスを打ち切ることを表明。川崎市も先月末、早ければ来年六月に発売を終了し、十月から利用停止の方針を明らかにした。都バスを抱える東京都も廃止を検討している。
 この結果、従来の有効期限無しのボーナス制度はなくなる。冒頭のサービス低下とはこの点を指している。
 共通カード廃止の理由は、スイカやパスモなどICカード乗車券の普及だ。JR東日本のスイカ発売は二〇〇一年。私鉄やバスは、その技術をほぼそのまま使ったパスモを二〇〇七年に導入した。スイカとパスモは相互に利用可能で、電子マネーの機能も併せ持つ。
 東急バス(目黒区)の担当者は「パスモ導入時から共通カードの取扱は議論となっていた。当社では現在、パスモ利用者が四割まで増え、共通カードは二割。お客さまの利便性を考えて廃止を決断した」と話す。
 しかし、川崎市では本年度の乗車料金のうち、36.6%を共通カードが占め、ICカードは34.6%にとどまる。これでは何のための廃止か分からない。
 このためバス事業者は、スイカやパスモを使いバスに一ヶ月間で三千円分乗車すれば、共通カードと同じく三百六十円分の運賃ボーナスを付加するなど特典制度の拡充を決定。東急バスの担当者は「バス利用の多い人への還元策と理解してもらいたい」と話すが、バス利用が少なければ特典は減り、翌月に使用分を持ち越せないなどサービス低下は必至。共通カード廃止は「利用者不在」のままスイカなどへの転換を誘導しているようにみえる。


膨張スイカ預かり金 JRデフレ時に150億円の殿様商売

 スイカは今年十月、発行枚数が三千万枚を突破した。十一月末時点で、スイカとパスモを足したICカード乗車券の流通枚数は計四千四百二十万枚にもなっている。ところが、ICカード乗車券は金額で特典がない。たとえばJRや鉄道各社の回数券は、十一枚つづりが十枚分の値段。一方、ICカード乗車券は、一万円入金してもボーナスの付加はない。パスモも同様だ。JR東日本の広報担当者は「切符を買う手間が省ける、小銭がいらないなどの利便性がすでにあるので、それ以上の特典は考えていない」と説明する。
 スイカにもポイント制度はあるが、たまるのは加盟店での買い物だけが対象で、電車をいくら利用してもポイントはたまらない。たまったポイントは電子マネーに換金され、買い物にも電車代にも使えるが、ポイントの出資は加盟店であり、JRが運賃でサービスしているとは言えない。
 しかもスイカを利用するには、五百円の預かり金(デポジット)を払う。スイカの所有権を持つのはあくまでJRであり、客は「貸与」される仕組みだからだ。だが、カードを返却しなければ預かり金が返金されない制度では、利用客側はいつの間にか「預けた」意識がなくなっていく。
 JR新橋駅で待ち合わせをしていた東京都内の会社経営者の男性(六十三)は「何年もスイカを使っているが、正直言って五百円を払って借りていると意識したことはなかった。ずっと使っていれば返してもらう機会もないわけで、おかしい」。
 スイカの発行枚数三千三十七万枚(十一月末現在)を単純に掛け合わせると、預かり金だけで総額百五十一億八千五百万円にも上る。「預かっているお金なので収入ではない。カードの原価と相殺される部分もある」と広報担当者。だが、原価がいくらなのかは「公表していない」という。預かり金を取り戻す人が少ないことから、JR側は資金がたまる一方であり、利息も膨らむ。
 さらにスイカを紛失した場合、預かり金は戻らない。旧カードの使用停止と残高を引き継ぐための再発行手数料五百円と、新たな預かり金五百円の計千円が必要となる。預かり金制度にした理由を、広報担当者は「使い捨て防止や環境保護のため」と説明する。
 鉄道作家の種村直樹氏は「JRは、大幅な運賃値上げをしない変わりに、自分達の都合の良いようにサービスを打ち切っている。競合相手がいない殿様商売という意識からだろう」と指摘する。
 たとえば、東京山手線内や東京都区内であれば、区間を問わずに使えた均一回数券は二〇〇〇年一月末に発行終了。一枚分お得という特典に加え、正規の普通回数券よりも安くなる区間が多い特典があったのだが…。パスモを発売する鉄道各社は、まだ使い勝手の良い回数券などのサービスがある。
 種村氏は「先払いをするのなら、何か見返りがあるのが常識だ。利用者あっての運輸業、と言う原点を忘れないで欲しい」と話す。
 バス共通カードを愛用してきた都内の女性会社員(三三)は「JRは圧倒的に強いから、スイカにボーナスを付けなくても利用されてきた。パスモの導入で私鉄までJRのまねをしたと思ったら、今度は共通カード廃止でバスまでサービス低下。不況で十円、二十円を節約するデフレの時代に、こんなやり方は許せない」。

デスクメモ

 不況のただ中でもJR東日本の売上高は二兆六千億円を超える。日本航空や全日空を上回るが、どちらのサービスが良いだろう。スイカで一体いくら集めているのか。ニューヨークの地下鉄も二十ドル払えば15%のボーナスが付いて二十三ドル分乗れる。設備投資と客への利益還元を両輪にすべきだ。


 ここ最近の、当サイトの交通機関批評文で、批判している内容と非常に近く、私も大きく賛同できる記事のため、全文を掲載させていただきました。信頼できないPASMOで交通機関に乗れるだろうかや、東急電鉄の怠慢の参考としてご覧ください。

 思い返せば、ANAのEdyやJALのIC(WAON)は、本体ならば発行手数料が掛かるものの、実質キャンペーンなどで無料です。また、ICチップの類が入っていない一般的な会員ポイントカードの発行が有料なところはなく、更に、今までのバス共通カードやパスネット、オレンジカードやイオカードも、券そのものにはお金は掛かっていません。金額が入金されているカードが使い捨ての恐れがあるというのも、どれだけ言い逃れなのでしょう。金銭感覚が多少狂われているであろうJR東日本の本社の社員なら、平気で捨てるのかもしれませんが…。
 JR東日本や私鉄単体では、非常にいいビジネスモデルなのでしょうが、利用者のことは一切考えていないという、JR東日本らしさが本当に良く現れていることが分かると思います。


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